20代の、がむしゃらに働いていた時期を超えて、今わりと仕事が落ち着いている
こなれてきた、というのもあるけど。なんというか、家庭とのバランスを考える中で仕事中毒気味だったのが落ち着いた
仕事ってさ、生活を支えるためのものじゃん?という、至極当たり前のことに気づいた。
ともすれば生き甲斐になってしまう仕事。これと距離を置くきっかけになった出産育児に感謝である。
そして、子どもと過ごす中で、「自分って一体何が好きなんだっけ」と見つめ直す時間を持てた
なぜなら、子育てとはある意味自分の育て直しであり、なんだか人生の棚卸しなのだ。
40代に差し掛かり、折り返し地点(人生100年も生きる気ないw)
お金の余裕はできてきた。つまり、今日明日生きるために働くよりは、時間とお金をどう使うかっていうことに意識が向いてきた感じがある
もちろん、これから子どもの教育費とか、物価が上がっていく中で生活費が上がっていくことに対する備えは大事だと思うけど
それにしたって、何にどうお金を使っていくかというのは結構大事な視点で。
教育費、かけようと思えば無限だし。かといってお金をかけたから全ていい、とも思っていない
子どもなんて、公園で走り回ってりゃいいだろ、という考えなので。
自分の好きにフォーカスすることは、冷静に子どもに何が必要かというのを考えることにもつながると思う
自分の好きなこと・趣味を棚卸してみる
さて、結局人生というのは生きるために金を稼ぎ、それを好きなことに使うっていうことだと思う
それがあまり金のかからないものならそんなに稼ぐ必要もないし、金のかかるものであればいくら金があっても足りない
わが家、というか私の趣味は金のかからないものが多い。
- 絵を描くこと
- 読書
- 文章を書くこと
- 映画鑑賞
- ピアノ
- 着物
- 美術館巡り
- 体を動かすこと
- 貯金
- サッカー観戦バスケ観戦
- 旅行
まず、絵を描くことだけど、これは究極紙とペンさえあればいい。学生の頃は、よくサイゼリアでだべってたけど、紙ナプキンにペンで落書きなんかで無限に時間を使えた
それでもやっぱり色を塗るとなると、色々画材も必要だろうが、今はアイビスペイントという無料のアプリでデジタルお絵描きもできる。iPad ProとApple Pencilが一番の課金だろう
絵を描くと、やっぱりみるのも楽しい。美術館巡りはそれなりにお金はかかるものの、いろんな場所に必ずと言っていいほど美術館や博物館のそれはある
その土地にしかないコレクションと、涼しい館内w
ルーブル・オルセーおランジェリー・メトロポリタン・ウフィッツィ・バチカン・シカゴ
この辺りの美術館は制覇したのは私の中ではデカい。(金はかかるな)
美術に興味があると、「原田マハの本」が面白い。
これまた趣味が数珠繋ぎになって派生している。
本を読むのも、本来なら金はかからない。図書館に行けばタダで読める。
そしてこの趣味に関しては、得るものが大きい。
まず知識。これは誰にも奪えない財産だ。読む本の内容によるけど、たとえば教科書みたいに知識の宝庫もあれば、トリビア的な知識を得られるものもある。ハウツー本ばっかり読むのがあまりいい癖じゃないなぁと思いつつ、それでも文章に触れる時間そのものが時間潰しになる
頭が良くなるかといえば、そこはあんまり実感がない。実用でいえば、欲しい知識をあたるときにネットと同様本で探す癖がついたのはいいと思うけど、本を読むことそのもので頭が良くなっているのかは謎。
うちの長男は本読むの好きだけど、他の子どもたちに比べてすごい賢い!と思ったことはない。しかし、まだスマホとかゲームを与えなくても、本が楽しいって思っている時点で、無料で楽しめる趣味があってよかったなぁと思う
文章を読む習慣さえついて仕舞えば、仕事で必要になる書類や文章も苦ではない。
ついでに、映画や読書をしっぱなしよりはレビューを書いておいた方がなんか印象に残る。アウトプットってやっぱり勉強になるんだよね。そういう意味では私の趣味と文章を書いて吐き出すっていうのは相性がいい
一方で、若い頃学生時代は体育会系だったのもあり、体を動かすのは好きだ。
ただ、大人になると「やる場所」が限られる。ただ走るだけ、ならまだしもスポーツ、特に大勢でやるものは「場」がない。
たとえば、学生の頃フットサルをしていたけど、そういうのってサークル活動があって、定期的に集まって初めて成り立つ
子どもの生活リズムとか家族の予定とか考えると、なかなか自分が毎週何曜日にどこでっていうのができない。
いや、本当は出来ないのではないかもしれない。だって夫はきっと「行っておいでよ」と言うだろうし、同時にその間子どもと過ごしてくれるだろう
若いときに比べて、自分が運動に対して億劫になっているのを感じる。子どもと一緒にプールに入るだけでもなんか「フゥ…」って思ってしまう…そういえば汗を流して自分の好きな競技に取り組んだのはいつが最後だったか
まぁそれはそれで加齢という抗えないものではあるものの、運動は絶対的に健康にはつながりそうだから、何かしらやりたい。ママさんバレーとかね。しがらみめんどくさそうだけどw
それに対してスポーツ観戦は気軽であるよ。この夏はワールドカップを大いに楽しんだ。夫婦で朝4時に目覚ましセットして観戦したもの!
これはやっぱりお金もかからないし、一体感が生まれていい。どっちのチームを応援しても盛り上がる。
テレビで観る分には金はかからないが、やはり生で観るライブ感は格別。私はバスケはやるのもそんなに好きじゃないしルールもスラムダンクで止まっているけど、NBAで見た試合の臨場感は圧倒的だった
サッカーも、学生の頃にみんなで見に行った時は大いに盛り上がった。マリノスやベイスターズみたいな地元のチームを応援するのもいい。金はかかるけど、子どもが興味を持ったらぜひに行きたい。
お金が稼げるかなと思って始めたブログは、むしろ金がかかるw
育休中に何か少しでも足しになったらいいなぁと、情報発信だ!ブログで稼ぐぞ!と始めたこのブログ
残念ながらお金は稼げていないw
アドセンス、と言うものに姉がブログを立ち上げてから登録しているものの、あまりに訪問者が少なく、一度も金銭を受領していない。一方で、サーバー代を維持するために月に千円ちょっとの支出がある
こう思うと、なんだよブログって結局稼げないじゃんという読者の気持ちはよくわかる。私もそう思う。しかしながら趣味だったらば月に千円ちょっとで、自分の城を持てたと思うとなかなかいいものだと思う
アメブロとかnoteの類は運営する人がいて、その場に間借りする形である。と言うことは急な変更や意にそぐわないものに対しては厳しい状況に追い込まれることもあるだろう。自分のブログがあると言うことは、そう言うのに囚われることなく好き放題喋れるのだから気楽である(と言っても倫理観は大事よね
何より、インプットするのが楽しい趣味(読書・映画)を、アウトプットしてスッキリすると言うのが相性がいい
自分のためにやっているブログが、誰かの暇つぶしになったり、共感を呼ぶものだったらこれはこれで楽しい。知らない誰かと、共通の趣味で盛り上がるような楽しさだ。
私からすれば、子育てが最大の時間潰しであるよ。なんか語弊あるけど、もし子どもがいなくて自分と夫だけだったら結構時間を持て余していたと思う。子どもという、自分の中から生まれて、予想外の動きをする生き物の観察をすることで人生が思いもよらない方向にいくこともある
それが、大人になって先が見えてきた頃にちょどいいスパイスになる。飽きないw
それをブログにすることで、子育てあるあるの共感だったり、自分だけで抱えきれない思いの吐露が明日への活力を生んだりする。別にいいのよ、全部共感してもらえなくっても。夫婦でもお互いなんでも言い合えばいいというものではないと思うから、第三者的な立場にブログがあるという位置付けか
そうして、駄文でも稚拙な文章でも書き連ねることで書く体力がついてきた。ダラダラだけどもまとまった文章を書くのは読む専だった私に新たな可能性を見出してくれた
最初はエッセー、そして次は小説。フィクションならそれなりに脚色しても怒られない。日頃の思いを小説にして消化したときに、こういう方法もあるんだなーって気が楽になった
やっぱり1番家族で楽しい趣味は旅行。乗り物に乗っている時間から、ワクワクが止まらない
1番金がかかって、でもやっぱり楽しいのは旅行か。
1人でも行きたいところと金があれば行ってしまう私だけど、夫が言うように家族4人でいくから楽しいという感覚ももっともだと思う。
特にアメリカに行ったのはスリリングだった。初めての飛行機がいきなりフライト13時間、どうやって時間を潰そうかやってみないとわからないことはこの歳になってもまだまだある
おんなじように育ててきた2人の息子も、飛行機や旅行に対する捉えが全然違くて、「何が1番楽しかった?」って聞くと思いもよらない回答が得られたりする
それは何も飛行機に乗らなくたって、バスでも電車でも、行くと決めて計画を立ててる時からワクワクが続いている
そうやって今まで行ったことないところに行くのも楽しいし、今まで行ったことのある場所も違う景色に見えるのも良い
そうやって思い出をたくさん作るために、旅行のためのお金を稼ごう、貯金しよう、増やそうというモチベーションになっているw
次はスペインに行くぞ!何も決まっていないけど、とにかくスペインに行くためにどうするかを今から考えなくちゃ。
全てのものが連動して、そしてまたブログに書く日が来るだろう
楽しみに待たれよ