母のがん

驚異的な生命力

投稿日:2022年2月8日 更新日:

2月6日。日曜日のこの日は、夫が仕事が休みなので、義母には一旦家に帰ってもらった。

三姉妹は、というと連日姉が買い出しやら片付けやら精力的に動き回って結局ダウン。妹が16時前に1人でうちに来た。と、そこにまたも市民病院から電話。緊張が走る。

「お母様がスマホを持って来てほしいと言っているのですが」

なんですと?!

え、意識が戻ったということですか。ってかスマホ触れるんだ、えー?!

正しくは、筆談でスマホと爪切りを持って来てほしいとのことを看護師さんに伝えたのであった。3日の日に全ての荷物を持ち帰るように言われて、スマホもうちに持って帰っていた。その日もICUは個室じゃないので会えなかったが、今回も会えないけれど、荷物を持って来てほしいとのこと。

昨日の今日で薬が効いたということでいいのでしょうか。

妹に伝えて、夫に子どもたちを預け自転車で私が届ける、と一旦言ったものの何か虫の知らせがあって妹に「一緒に行く?」と聞くと「行かない」と答えた。

「なんで?」「だって行っても会えないんでしょ」

そうなんだけど、もしかしたらICUの個室に移動しているかもしれない、最後だから会わせてくれるかもしれないよと言うとサッとバッグを手に取って一緒に出かける準備をした。

2人でタクシーに乗り込み、到着するとICUの看護師さんに荷物を渡した。すると、看護師さんが「iPadで面談することができますけどしていきますか?」と言ってくれた。3日の時にやってたあれか!お願いします!と返事すると、ICUの家族控室で待つことになった。

「来てよかったね」お互いに言い合った。こういう奇跡もあるもんだ。

看護師さんがiPadを持ってきてくれ、間もなく中継で母の姿が映った。4月の手術の後のような、全身に点滴と口に管が入っていて苦しそうであった。が、目はちゃんと意識があって筆談で看護師さんに意思を伝えられているようであった。

iPad越しではあるが、話せることに涙が止まらなかった。正確には管が入っているから話せないのだけど、こちらからの話かけにうなずいたり、首を振ったりしている。この時、「ケンカしてごめんね」と謝ることができた。母は何度も頷いていた。

病院から出て、2人で歩いて山を下りながら、意識が戻ったことを喜び合った。もうあと数日で死んでしまうんだ、という「死」しか意識することができなかったけど、ちゃんと生きて動いている母の姿を見て少なからず希望を持つことができた。

それでもICUにいるという事実は変えられない。が、本当に心の底からホッとしていた。母の状態もそうだけど、あのままお別れになっていたら私は私を許せないと思う。家に帰って報告をし、生姜焼きを作って食べ、その日は久しぶりに少し眠れた。



-母のがん

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