先日、夫の祖父が亡くなった。
夫のおじいちゃんということで、100歳越えの大往生。
私たちも会いに行く時は「これが最後のつもりで」と毎年言っていた。それでも頭はしゃんとしているし、車イスながら家で暮らしていたのだ
100歳も生きていれば、周りの反応も悲しみと共に「十分謳歌したよね」という振り返りになる
私なんかはここ10年くらいのお付き合いだけど、義母にとってはようやくホッと息をつける時が来たのではないかと思う
離れて暮らしていたから、実質的な介護はなかったものの、私が知らない期間には毎週ご飯を作りに通っていたという
そういう時期と、親戚付き合いの調整と、お義母さんは尽力していた
介護は実子がすべき、というのは最近特に言われる。でもお義母さんのとこは専業主婦だったし、お義父さんの都合もつかないこともあるだろう
それに加えて人一番責任感の強いお義母さん。背負い込むことも多かったろうなぁ
自分の母も亡くなって4年が経った。
今となってはあの頃の、いつ亡くなるかわからない日々の中で、神経をすり減らし、睡眠時間を減らし結構大変だった
それでもやっぱり30年以上関わって、喧嘩することもあったけど、小さい頃のいい思い出があって、そういうのが頑張る力になっていたと思う
介護を他人に任せる人は、「そういう思い」がない人にどうして頑張れると思うのか。
お義母さんが義父であるおじいちゃんの面倒を見ていたのは、ひとえに旦那さんである義父のためであった
義父が困っているのをほっとけるお義母さんじゃないのだ
お義父さんも、最後は本当に大変そうだった。二転三転する自分の親のわがままを、受け止めて調整する。そんなの実子じゃないと付き合ってられない。
そういう意味でお義父さんが最後に、病院でおじいちゃんと心穏やかに会話できたのを聞いて、本当に良かったなと思った
そういうのって、やっぱりしんどいのを乗り越えた後に、ふとやってくるご褒美みたいなものだから
やっぱり、人間の最後というのはいろいろある。私は今、ちょっと関係の離れたところから見ていられる距離。
自分の母の時にはこんな穏やかな気持ちでいられた時間は少なかった
それでも、兄弟がいて、一緒にやれたから三分の一だった。それもさらに夫が分かち合ってくれてずいぶん救われた
夫の時にもそうやって力になれたらいいなと思うし
自分たちの最後の時にも、子どもたちが穏やかに過ごせるような準備をしてあげたいと思う