母のがん

母が亡くなって思い出す母のこと

投稿日:

四十九日も済み、お香典返しなどやらなきゃならないことを着実に終わらせ

少しずつ、そして急速に「母のいない生活」が当たり前になってきた

前にも書いたけれど、母と姉の関係が最悪で。どっちかというと姉の気持ちを汲みつつも母の世話に奔走していた日々が遠い昔のように感じる

先日、いろいろと心配してくれていた親友とゆっくり2人でランチをしてきた。

ちょっといいランチでね。3,000円もするのだけど、その値段以上の料理とボリュームでお腹いっぱい。久しぶりに会話も花が咲いた

ランチの一部

思いのほか元気そう、と

確かに私の気持ちはそんなに落ち込んではいないのだけど、日々どこかでふとした時に思い出すことはやっぱりある

そして思い出は美化されるのだなぁなんて。

介護やお見舞いは大変だったのだけど、あの歳であっという間に亡くなってしまったことは本当に悲しい。

大人になってからは、特にこちらが思っていることと違う行動が多くて対立することもままあった母

例えばね、子どもたちの洋服。子どもなんてすぐ大きくなるから新品を買うのはもったいないよ、とよくブックオフで買ってきた古着を袋いっぱいに買ってきてた

当時は団地で、収納するところもないし、何より自分の子どもの服くらい好きなものを買いたいから、やんわり断っていた

それでも団地の郵便受けにぎゅうぎゅうに詰め込んできたり

産後の手伝いにきてくれた時は、知ってかしらぬか私の好きじゃないメニューを大量に作ってきたり

虫歯ができやすい歯だから3歳まではなるべくぴっぴ(長男)に甘いものをあげないようにしていたのに、預かってくれる日にこっそりパンケーキにジャムとアイスクリームがけの甘々のモノをあげてたり

よく「嫁姑問題」で聞かされるような嫌がらせ?と思うようなことを散々してきて、そのたびに夫に愚痴って、実の娘がこんなに嫌がっているのにわかってもらえない辛さに涙を流すこともあった

だけどね。そういう人なんだよね…。良かれと思ってやって全部裏目に出る人っているやんね。(姑だったら絶対嫌いになってた)

それでも、子どものことを思って服を買ったり、預かってくれたり、ご飯を作ってくれたり

いつだったか、「孫が可愛いのもあるけど、ゆらがそれで助かるならって思うから」と言ってたのを思い出す

親になるまでは、子どものことを思っていろいろしてやるその気持ちが方向性があさってすぎてわからなかったけれど「何かしてあげたい」という熱だけは伝わるのだった

いや、思い返すと感謝しかないのだ。そうやって損得なしに子どものために何かをしてくれる存在のありがたさ

今や夫が母以上に私の味方でいてくれるので(何かあるたびに私と母の両方の肩を持っていた夫w)寂しくはないけども

大きな味方というか、そういう存在を失ってしまったんだなぁって思う

というかね、学生時代は本当に母を喜ばせたくていろんなことを頑張っていたんだなと思う。

テストでいい点取れば自分以上に喜んでくれたし、学生時代に代表生徒になれば都度見にきてくれたし、試合で県大会に行くとなれば応援しにきてくれたし

母の代わりにやらされたな、と思う仕事も今となっては「仕事」に大いに役立っている。

うっかり新聞に載ってしまった時の記事が、遺品整理したら出てきて。自分でもどっかにやっちゃったのにと思ったのだった

子ども3人育てて、母のために「立派でいよう」と思わせてくれたのは、たとえ反面教師だとしてもありがたかった。子どもを2人育てるだけでもアップアップなのになぁ

それでも、ときどき思い出して涙を流していると、そっとぴっぴがやってきて

「ママ大丈夫?ぴっぴがそばにいるからね」なんてキザなセリフを吐いてティッシュを持ってきてくれる息子を見ていると

「あなたのおかげで孫もいい子に育っているよ」と言いたくなるのだった

さて、感傷に浸るのもいいことなのだが。この2ヶ月、怒涛の忙しさですっかりほっといてしまっている母の骨。本来なら、供養をしてお墓に入れてやるべきなんだけど

親が離婚しているもんで墓はない。実家も複雑らしい。何よりまだばあちゃんが生きている…

そして、ばあちゃんが入る予定の墓があるのだけど、そこは公営で抽選なんだよね。せめて寂しくないように、そこに応募して一緒に納骨しようと企んでいる

それまでは我が家にお骨を置いておくのだけど

最初、私の部屋の出窓のところに置いておいたのだけど、義母がお花を来るたびにお供えしてくれるので、みんながいる部屋に移動

だけど、ちょうどいい台がないから「地べた置き」なんだよね。これはやっぱりなんというか

仏壇みたいな仰々しいものじゃなくていいんだよなぁと思ってたら、ちょうど良さそうなのが「お値段以上ニトリ」で見つかりましたよ。ニトリすごいな

二段になってるようなので、正座しても見上げる感じじゃないのと、とりあえず台があれば今はお骨が置けるかな。納骨したら仏壇を買って置き換えれば見守ってもらえる感じになるかなー



-母のがん

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

3回目の抗がん剤治療

だいぶ先が読めるようになってきた母のガン治療。 3回目の抗がん剤治療に向けて 相変わらずステージ3と4のはざまにはいるものの、本人も前ほどの混乱もなく、われわれもルーティーン化しているように思う。 日 …

市民病院の緩和ケア病棟面談2

緩和ケア病棟に入院して1週間。入院患者はこの最初の1週間で医師との面談があるようで、妹と一緒に出かけていった。 ただ、私たちの目的は入院したにもかかわらず「退院」を目指していて、それは前回緩和ケア病棟 …

横浜市民病院の一般病棟へ(面会全面禁止)

驚異的な回復力を見せた母は、ついに一般病棟へ移ることになった。 この1週間は、危篤の連絡を受けるところから始まり、誤嚥性肺炎と心筋梗塞と「もはやこれまで」と覚悟することのオンパレードであった。 私もこ …

再びの入院

おかんの手術が終わって1ヶ月。13時間をこえる大手術だったのと、そのとき創設されたストマの関係で1ヶ月入院していたオカン。 今後の治療 先週、無事退院となった。退院直前いろいろストレスフルなわたしは相 …

母が共にいる生活。在宅介護スタートだぜ!

あっという間に1日が終わったなー。貴重な体験となった1日(前日から)を記録しておこう。 まず、退院前日。酸素に続いて介護用ベッドが納品された。思いのほかでかい。 ケアマネさんが訪れ、うちあわせをした後 …