母のがん

退院5日目

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あっという間に退院してから5日。お天気も良く、桜もほぼ満開なのでお花見に行ってきた。

退院してから初めての外。看護師さん二人と妹とわたしで近所をぐるっと車いすでまわった。

酸素のボンベをもって、点滴をガラガラしながら車いすで大がかりな散歩だったけど

日差しがあたたかく、風も気持ちいい。朝はぐったりで出かけるかビミョーだったけど、いざ出かけてみると外に出て良かったね、と話していた

緩和ケア病棟は当然ながら空調がしっかりしていて、風は感じられないからね

これだけでも戻ってきて良かったねと話していた

午前中そんな風に過ごしていたので、午後はうとうとしながらソファで寝ていた。

せっかく介護ベッドを導入したけど、そこで寝るのはせいぜい子どもたちが夜お風呂に入るあたりから朝までで

それ以外はずっとソファで寝転んでいる。座っていられなくてでも人の気配を感じていたい。ぴっぴは保育園だけど、ぴーすけとふれあってると痛みも忘れるのだ

まぁリビングで点滴と酸素の管を広げられると相当に邪魔なのだが、案外ぴーすけはよけて歩いている。←えらい

痛み止めの麻薬はずっと点滴とともに入れているのだけど、それに加えて本人がフラッシュと呼んでいる押しボタンで追加をしている。

初日は一日3回とかだったのが、8回とか9回とか、とくにベッドに戻ってからは増えてきている。

ヘルパーさんに提案されて、足湯をするようになった。わが家にバケツがなかったのでコーナンに慌てて買いに行き

夜お風呂のタイミングで妹に足湯をお願いした。妹は足を洗ったりはあんまりしてくれないみたいで愚痴ってたが

それでも気持ちいいみたいで喜んでいた。その都度やって欲しいことは言わないと伝わらないよ、とやんわり伝えたがまぁお互い無理せずだ

確かに退院してきた頃より、トイレに立てなくなったり、眠っている時間が増えたり、病状は進んでいるようだけど案外元気だ

しかしまぁ緩和ケアのクリニックの先生にはそうは言ってもやはり厳しい状況だと聞いた。

仕事が始まるまでの間、やれることは何でもしてあげたいけれど

足にクリームを塗ってマッサージしながら、1時間くらい夜におしゃべりをするのが習慣になってきたが、本人も「夏まではもたないかもしれない」と漏らしていた

そんなの知ってるよ

きっと、ここでお世話になる間は悪化したら迷惑になると思って元気でいるんだろうな。

麻薬を強くすると意識レベルが下がるから、ぴっぴとぴーすけとお話するために今と同じものを使って欲しいと言っていた

そんなのいいからさ、自分の痛いのを取りなよって

あんまり母のことを好きじゃなかったのに、このあとのことを考えると涙が出る



-母のがん

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