この数日は楽しいことがたくさんあったが
久々に母から連絡があった。
実は11月25日から尿路感染で入院しており、1週間程度の入院のはずが血液検査の結果延長。
本当なら、ぴっぴの誕生日プレゼントを手渡ししてくれるはずが叶わなかった。
それでも気持ちは元気で「動画撮って送って!」と、シルバニアファミリーの初めてセットを開ける瞬間は遠隔で見たのだった。
喜んでたよ。
喜んでいたけれど、妹のガチャガチャで出した踏み切りの模型(500円)に全部持ってかれてたよw
4月の手術から、ICU、1ヶ月越えの長期入院を経て、抗がん剤治療とかなり目まぐるしかった。
その後は造設したWストマによって、特に尿路の感染症がひどくしょっちゅう熱を出しては入院。
そのたびに妹が付き添い、夜中も痛みやストマから漏れてしまったモノの処理などで介護をしてくれていた。
私はのんべんだらりと子どもたちの世話をしつつも、市民病院が近いので、入院中や手術の連絡があればぴーすけをおんぶし
相棒の電動自転車で急坂を往復していたのだった。
母からのメールでは、月曜の朝イチで病院に来て欲しいとのこと。
二つ返事で行くと言ったが、うちのねーちゃんにぴっぴを保育園に連れて行ってもらい、ぴーすけはまた担いでいくのか
横浜市民病院からの家族同席を求められるのは「手術だから」なのか
それともこの手術が著しくQOLを下げてしまうものなのか
また、体の負担から今後の見通し(余命)を伝えられるのか。
わからない。
わからない時は調べる。
「腎ろう、がん患者」「腎ろう造設、入院期間」
大学の卒業論文に、「薬害エイズ」について書くつもりだったから、いろんな文献の医療用語とか論文とか
そういう難しいやつを読むのは結構得意分野だったけど(結局「薬害エイズ」ではなくエイズそのものの感染予防を提案するものになっちゃったけど)
大学の時よりも医療はどんどん進んでいるし
もっというとインターネット上には情報が溢れていて、どれがいいのかわからない。
大学の頃の、図書館で文献を読み漁っていたのと違い、エビデンスが本当にあるのか、誰が言ってるのか、そもそもお前誰だ!みたいな
それでも国立がんセンターの情報はある程度信頼できる。
それも一人ひとり状況が違うのだからなんとも言えないが。
まぁだいたい書いてあることは同じで
要するに腎臓の機能が低下したから、背中からチューブを入れておしっこを出すということ。
今まで、お腹にある尿路のストマが時々詰まって、それで尿路感染を起こしていた。
ステントを入れて出しやすくしたり、ストマ外来の先生に指で自分の尿路を広げて詰まりを出す処置も教えてもらいながら実践していた。
それもこれも「ひどくなると背中からチューブを入れないといけない」という医師の言葉があったからだ。
背中にチューブということは今より消毒や取り替えが難しいだろうし、何より仰向けに寝づらい。
お腹にうんちのストマがあって背中にチューブが入ったらどうやって寝るんだろう。
何より「これだけは避けたかった」という状況になったら母はどう思うんだろう。
母は10月末に中心静脈刺カテーテル留置という、手術も行った。
これは手術後点滴をやりまくってた母の血管がとうとう見つからなくなって(もともと血管が細いらしい)
腕もダメで手の甲もダメで
次に何かあった時に点滴ができないと困るというので造設されたものだった。
鎖骨のところにペットボトルのフタみたいのが埋まっていて、点滴などの針をカチッと刺すとまぁ簡単!薬でもなんでも投入できるのだ。
この時の手術は簡単なものだったらしいが、母は「また手術するの嫌だなぁ」と、2週間延ばしていた。
何度か病院に足を運んで、気持ちはわかるがやっぱり何か起こった時に心配だからと手術を勧めた。
それくらい、やっぱり手術は誰だって嫌だ。
絶対にやらなきゃいけない手術なのか、それで生活の質が良くなるのかはお医者さんに聞かないとわからない。
ただ、ちょっとホッとしているのはあんなに嫌がっていた「中心静脈刺カテーテル留置」のおかげで
麻酔を入れるとか今後抗生物質を点滴でやる時の痛みがちょっと緩和されることかな。
結果論だけど。
いずれにせよ手術後はまた入院が延びる模様。
お正月の伊達巻と黒豆は生活クラブでいいやつ注文したから持ってく約束。
せめて年末年始は楽しく過ごしたい。
まだ59歳で、これからまだまだぴっぴやぴーすけとたくさん遊びたいだろうし、と思うとやるせない。