母のがん

2回目のコロナワクチンを受けられた

投稿日:2021年9月26日 更新日:

このところ母のことはすっかりノータッチだった。

4回目の抗がん剤治療が終わり、その後尿路感染でまた入院。入院中は何もできない。

しかし、今回HCUに入って体調は回復し退院となった。よかったよかった、なのだけど、この入院でコロナワクチンの2回目が受けられなくなっていたのだった。

ただでさえ取りにくかった予約。それが入院によってドタキャン。2回目だけの予約ってなかなか難しいのよね。

でも、さすがのかかりつけ!電話をしたら、ちょうどその日にキャンセルが出たらしく、昨日2回目のコロナワクチンも受けられたようだ。

私のような体力自慢でさえ腕が上がらず、多少の熱も出たので。

これががん患者となるとどれくらい副反応が出るかわからない。わからないけど、受けないよりは受けた方がいいわけで。とにかくいろんなラッキーが重なって今があるのよね、と思う。

入院中は、おかゆやら消化にいい薄味料理に耐えかねて食欲も落ち気味だった母。

反動で、退院してケンタッキーにチャレンジしたらお腹を下したという。そりゃそうだろ

断食した後って、消化にいいものからだんだん慣らしていくのでしょうが、食欲に負けたらしい。

それはそれで「らしい」のだけど、抗がん剤の副作用とストマと腹痛でこのところは本調子でなかったので、これからゆっくりマイペースに具合が良くなることを祈る。

抗がん剤治療中は味覚が変わってしまうようで、塩みを強く感じたり、甘すぎて食べれなかったり。

それが完全に戻るのか、手のしびれ同様少しずつ良くなっていくのかは個々の差があるのだろう。

抗がん剤治療は全6回TC療法というものを、点滴で受ける予定だった。しかしながら、この4回の治療で今まで何度となく刺していた点滴の針が入らなくなってしまった。もう血管がボロボロなのだ。

しかも母は手術の後もたくさん管を入れていたので、もう入れるところがないらしい。

それに加えて血液検査やCTの結果も悪くないので抗がん剤治療はこれにて終了ということだ。あとは月に1回の検査で体調を見ていくことになる。

大きな手術を終え、抗がん剤治療を終え、あとは経過観察。治療が終わってホッとする反面、これ以上何もしなくていいのだろうかといううっすらとした不安。丸山ワクチンとか調べたけど、市民病院の先生もそれはイエスと言ってくれなかったしなぁ。

食べたいものを食べて、とにかく20キロも落ちてしまった体重を取り戻し(もともと太り過ぎだったので元には戻らんくて良いが)

筋トレして、散歩して、楽しいことを見つけて

完全に前の生活とはいかないだろうが、少しでも「良い状態」でいて欲しいものだ。我々もそうだけど、今は免疫が何より大事。とりあえずぴっぴとぴーすけのおもしろ動画でも送りつけるか。



-母のがん

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

母が亡くなって思い出す母のこと

四十九日も済み、お香典返しなどやらなきゃならないことを着実に終わらせ 少しずつ、そして急速に「母のいない生活」が当たり前になってきた 前にも書いたけれど、母と姉の関係が最悪で。どっちかというと姉の気持 …

天赦日と一粒万倍日の二つが重なった吉日。

こういうのを信じるおばちゃんです。 前にたまたま見ていた情報番組で、1月11日が「天赦日」という良い日と「一粒万倍日」という良い日が重なるスーパーラッキーデーというのをやっていた。(後2日くらいあるら …

今日も今日とてお見舞いだけど、暇なので人生でやりたいことを挙げる

仕事が落ち着いて(いや全然終わってないけど!)本日も早退 夕方に病院に到着すると、伯母が母の隣に座っていた。午後に来て、ぼちぼち帰ろうとしたのだけど「お姉さんずっといてね」と言われたのだった そう言わ …

新しくなった横浜市民病院

夜泣きでいったん中断。布団からケータイで頭を整理しつつ書いている。そうそう、かーちゃんがガンなのだ。 母ががん in 横浜市民病院 日曜日に、ふらっとうちにやってきて「りんごが二個あったから食べるかな …

羽生結弦がそうさせたのか

意識戻ってホッとした6日。次の日に、横浜市民病院のICUで必要なものをリストにしてもらい、母に届けることになった。 荷物を届けるだけなので、今度こそ私が自転車で持って行くことになった。7日は義母が朝来 …