子育て

けいゆう病院の優雅な出産レポ−2017年−

投稿日:2020年8月31日 更新日:

このブログの主役はぴっぴ(息子)なのです。

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妊娠が分かったとき、ちょうど旦那とけんかしていたときで本当に「子はかすがい」な存在になったぴっぴ。しかし、通っていた病院は産むための設備は整っていないのだ。

嬉しい気持ちと戸惑いを感じながら、通っていた病院の先生は「おめでとう」のあとにこう続けた。

「で、どこで産む?うちと提携しているのは市民病院か赤十字かけいゆうの三択ね」

まぁ産むんだけどさ(不妊治療にも通ってたし)でも産みますも何も言う前に先生は聞く。

わたし:「え、それ今決めなくちゃだめですかね。どこも行ったことないんで場所とか分からないんですけど」

先生:「悩んでもいいけど、今日中か明日一番で連絡して。5週すぎると産むとこなくなちゃうから。こうしている間にもどんどん予約がうまっていく…」

これが2017年横浜市の現状だ。個人病院で産めばもっと遅くてもいいんだろうけど、総合病院となるとそうはいかない。それにギリギリの週数までこの先生にみてほしいという気持ちもあった。住所を聞いて、みなとみらいなら通いやすいなぁという理由でけいゆう病院に決めた。あと無痛分娩というのも魅力的だった。(結局私が産む時に麻酔科の先生がいないということで無痛分娩は選択できなかった!)

けいゆう病院は、昔は「警察」の病院であったという。友達のお母さんがそこで友達を産んだときは夜に怖〜い人たちがたくさん徘徊している、ボロい病院だったそうだ。

それも今は昔。みなとみらいの一等地に、リニューアルされそれでももう10年以上経つ。綺麗だし周辺にマークイズやランドマークがあって便利なのもあって、待つわ待つわ。最初の診察は予約をしていったものの、約3時間近くかかった。当初の予定通りある程度の週数になるまでは地元の病院で診てもらい、いよいよ臨月になったらけいゆうに来ることが決定した。

いいところに立っている病院である。待ち時間は鬼のように長いけれど、雑誌や名付けの本はたくさんあるし、しばらくかかるようならマークイズでお茶でもしていればいいのだ。

かくいう私も実母が付いてきてくれる日、整理券を取ったら近くにあるメレンゲというパンケーキやに直行。モーニングは1枚100円とか150円で食べられるふわふわのパンケーキやワッフルをたらふく食べてから診察に行ったりしていた。義母も何度か付いてきてくれたがイケメン先生の説明は丁寧で安心して産む日を待っていた。

いよいよ出産が2週間後に迫った冬の日。旦那が仕事を早引きして健診についてきた。一度先生にご挨拶したいというのと、帰りにきっと最後になるであろうバイキングに行く予定だ。その日は内診があるので、大方の説明を受けたあと、私は一人診察台に上がった。そして、突然あの有名な【内診グリグリ】をされたのだ。

イケメン先生:「まだまだ生まれなさそうですね〜。ちょっと刺激しておきますね」

                              ぐりぐりっ

わたし:「痛い!痛いっす!(この人笑顔で何してくれるんやーーー)」

いつも通りの、のほほん診察だと思っていた私はげっそり。何より下腹部が痛い。

旦那もそんな様子を見て心配しつつも、だいぶ待たされてお腹が減ったようでランドマークの中にある絢絢(けけ)というお店で遅い昼食をとった。しかしまぁ気が気ではない。下腹部痛がなかなか消えないのだ。これは病院に戻っていいレベルなのだろうか。でも、ネットでは相当痛いと書いてあったし…。結局ご飯はいつもの半分も食べられなかった。

 内診グリグリの威力たるや

その2日後である。明け方、鈍い痛みが襲った。心臓がどくどく血を送り込んでるのがはっきりわかる。

陣痛か?陣痛なのか?当時携帯に入れていた陣痛カウントアプリを起動させ、その感覚を確かめる。夜中の1時くらいに意識し始めてから、感覚は徐々に狭まっていった。今日も仕事がある夫をなるべく起こしたくない、しかしここで産気づいてはもっと厄介パーティだ!

午前4時ごろ、旦那に細々と伝える。「う、産まれるかも知れん」

驚く夫。

それもそのはず予定日は10日後なのだ。普通初産は遅れるというしなんも心の準備ができとらん!

さすがは冷静な夫、背中をさすりながら何が必要かどこに電話をかけるか確認して、手際よく手配する。事前に出産する可能性があることをタクシー会社に伝え登録していたので、夫も出勤の準備をしてそのままタクシーに乗り込んだ。

運ばれるとすぐベットに寝かされ、バイタルチェックのような機械を取り付けられた。あれほどどくどくいっていた心臓も、病院に来た安心感か落ち着いている。あれ、なんか陣痛もそんなに痛くなくなってるぞ。

先生:「子宮口がね、まだ1センチしか開いてないんですよ。まだまだ産まれるのは先なんです。一度お帰りいただいて…」

わたし:「え!帰るんですか?一人で?!」

旦那はまもなく出勤ギリギリの時間となり、わたしは止むなくタクシーで帰宅することになった。その間もじわじわと痛みは続いている。これが陣痛ではなくてなんだというのだ。妊娠中のホルモンのバランスのせいもあってか涙が出た。けいゆうのバカヤロウ。

家に戻って布団に倒れこむ。行かなきゃよかった。時間外の診察とタクシー代で1万円の出費となった。9時になれば実家の母がきてくれるという。それまで我慢できるだろうか。あーとかうーとか痛みを逃しつつ、母の到着を待った。

うちの母は私たち三姉妹を育てたいわゆる肝っ玉系である。それが頼もしい反面、いちいち妊婦の気持ちを逆なでした。

「病院から戻ってきたんだってー。大丈夫?まぁよくあるよね。私の時は…」

なぐさめのつもりなのだろうが、すべてが初めての私にとってはそれが大したことないと軽くあしらわれてしまったように感じた。妊婦はナイーヴなのだ。1時間ほどしゃべったりお茶を飲んだりしていたが正直母と話していたくはなかった。黙って背中をさすって欲しかったのだ。しかしそこで母は席を立つ。

「大丈夫そうだし、私テニスに行ってきていいかな?またお昼過ぎに戻ってくるから」

そうして母は近所の公園にテニスをしにいった。前からテニスの約束をしていたし、きっとトゲトゲしい私の発言が居心地を悪くしたのだろう。私はとめなかった。だけど、玄関から母が出ていったあと猛烈に泣いた。この世に頼れる人がなく一人ぼっちになったような気持ちになって。そしてこの気持ちは忘れないようにしようと固く誓った。

まぁそれでも母が言うように当分産まれる気配はなかった。お腹は相変わらず痛いが腹は減るし、母が持ってきてくれた食べ物を胃に押し込みながら、時間が過ぎていくのをひたすら待った。あと何時間我慢したらけいゆう病院は受け入れてくれるのかな。今1センチってことはこれ以上開いたらどんな苦しみが待っているのだろう。剣道をやっていたので痛みには強いと思っていたがその予想はきれいに裏切られた。

母が帰ってくると、待ってましたと、子どものように泣いた。お腹がいたいんだよう!心細かったよ!!

いつも割合冷静な三姉妹の次女がただならぬ気配で泣いているのを見て、母は夫に電話をした。「これから病院に連れて行きます」

病院に着くと安心した。安心するとお腹の痛みが落ち着いてくる。またバイタルを見る先生が苦笑いをする。

先生:「陣痛、落ち着いてきましたね。まだ先かな…」

 母:「子宮はどれくらい開いてるんですか?」

先生:「3センチですね」

 母はため息混じりに「3センチじゃまだまだ先だね」と言った。でも私は二度と家には帰りたくなかった。また帰って孤独な時間を過ごすのか…。そんな私の表情を見て、かわいそうだからと入院手続きを始めてくれた。まだ夕方、今日中に産まれるかわからないが、入院費用がかさんだっていい、ここにいさせてくれい。

4人部屋でお腹の痛みを耐えていると、どうやら他の3人もカーテン越しに同じ状況だということがわかった。母はテニスボールで腰を押してくれたが、もはやそれでは痛みが逃げない。思いっきりグーパンで殴ってもらってもなお痛い。みんな同じような気持ちで分娩室に移動することを待ち望んでいる。でも、なんでかな他の3人は私ほど痛がっていない。

母:「みんな痛みに強いのね。いやあんたが弱いのか。笑」

確かに泣きたくなるくらい痛いのに、周りはこそこそと話すことはあれど「あぁ!」とか「うぅー」とか私のようにうなり声はあげない。このままでは遠慮して痛いのに痛いと身体中で表現できない!そこで思いっきり声をだしてもいい陣痛室へ移動することにした。まだまだ元気なので徒歩で移動である。そこにはベットが数台置いてあり、私しかいなかった。ペットボトルの水を片手に思い切り叫んだ。そこは剣道経験者、腹から声が出る。それを聞きつけて、看護師さんなんだか助産師さんなんだかが飛んできた。

「あんまり大きな声出すと、お腹のあかちゃんが苦しくなっちゃいますよ!なるべくいきみを逃すように大きく静かに息をすったりはいたりしてください」

そして一緒に吸ってーはいてーと呼吸を整えてくれた。わかっている。頭ではわかってるのだけど、声を出すと体が楽なのだ。痛みがちょっと減るのだ。メーーンってロングトーンで声を出すと気持ちいいのだ。

それからどれくらいたっただろう、夫が職場から駆けつけた。しかし陣痛室は妊婦しか入れない。私は歩いて4人部屋に戻った。すると夫が今にも泣き出しそうな心配そうな顔で出迎えてくれた。母よりも甘えられる存在の大人がやっと現れたのだ。ここには長くいられない。夫には会えたけどここは大声を出してはいけないのだ。よつんばいになって、お尻を突き上げながら必死に声を押し殺す姿は、さながら悪魔に体を乗り移られた人だろう。その時、下腹部に温かいものが流れた。破水したのだ。

それから陣痛室に移動してまた大声をあげてはしかれるを繰り返す。私のよく通る声はナースステーションまで余裕で聞こえていたらしい。破水したらすぐ産まれるもんだと思っていた私は、ナースに聞く。「あとどれくらいで産まれるんですか」内診した彼女は無情にもこう答えた。「まだ6センチくらいだから3〜4時間かかるかなぁ」

この痛みが3時間!死んでしまう。今更ながら3人も産んだ母はすごいことを成し遂げたのだと悟った。

それからのことはあんまり覚えてない。とにかく叫び過ぎたことにより羊水が濁ってしまったこと、産まれるその瞬間助産師さんが私のお腹の上に乗っかり押し出したのが立会いした夫にとって衝撃的だったこと、陣痛に比べれば産まれる瞬間のほうが楽勝でおまたをチョキンと切られたのなんて屁でもないこと、気持ち悪くて緑の液を吐いたこと、そんなことが思い出される。

かくしてぴっぴはこの世に生をうけた。

夜中の0時まであと15分というところで。深夜料金は取られたが、次の日だったら取られるはずだった祝日の割増料金は取られなかった。親孝行な息子である。

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