息子2人が次々と倒れる中、ついに夫も風邪症状が現れた。この2人につきっきりで看病していたので当然だろう。
まぁこの辺りで子どもたちが回復してくるわけで
大変なのが自分の体調を心配する暇がないということである。
ぴっぴは元気。ちょっと咳が出るくらい。ぴーすけも吐きまくって、解熱剤(座薬)である程度機嫌回復。
夫は予防接種で熱が出る人なので、ここ数日の緊張感と土日に私がいた安心感からか一気に症状が加速している。
私はというと、いつもより睡眠不足はあるものの(母が亡くなってから寝付けず)
基本的にお腹は最強なので、胃腸炎などは滅多にかからない。今夫と話していたけど、胃腸炎みたいな症状で仕事を休んだのは10年以上前だ。
多少の賞味期限が切れたものはもはや敵ではない。ヨーグルトや納豆は最初から腐っているからカウントしない、という感じなので
今回も何度かゲロを浴びた割には元気である。まぁ免疫は落ちている感じはするのだけど。
仕事が佳境で、社外プレゼン的なものがあるので、ここで倒れるわけにはいかない。私の代わりは誰でもいるけれど、これを途中で代わって欲しいというのはやっぱり嫌だよなーと思ってしまう。
今週、今週さえ乗り切れば…。来週は有給で休もう。
そんな今週末。義理のお母さんが救援物資を届けてくれた。
出かけた帰りに寄ってくれたのだけど、色々とすぐに食べられるものを仕入れてくれた。夫の奮闘も伝わっているようで、早めに言ってくれれば駆けつけるよとの言葉もいただいた。
明日はとりあえず完全復活したぴっぴは近くに住む姉に保育園に連れて行ってもらうとして、義母は本当にピンチの時に頼もう。(大人2人がダウンしたら)
来年2人が共働きになったら、こういうことがたくさんあるんだなぁと思うとゾッとするのであった。
そして、こういう時にうちの母をあてにしようとしていた身からすると、この2年で思ったのと違う未来があるもんだなぁとつくづく思う。そういうのにつけて母を思い出すのだろう。
ぴっぴに「今日ばあばが美味しいもの届けてくれるんだってー」と話したら
「ばあばってどっちのばあば?テニスのばあば?メガネのばあば?」と聞かれた。
「テニスのばあばはもう死んじゃったからうちにくることはないんだよ」
「そうなの?」
「あぁ、でもママの部屋にテニスのばあばの骨があるから、ちゃんと歯を磨かないとオバケで出てくるかもね」と話すとちょっと怖がっていたぴっぴ。やっぱりまだわからないよねぇ。
すると、横でその話を聞いていたぴーすけが「あ!あ!」と手をオバケみたいにして困り眉でこちらにアピールしてきた。なんかわかってるみたいだな。
それからやってきた義母は、雨の中いろいろ重たいものを置いていってくれた。その疲れもあるようだけど、やっぱりうちの母のことが相当堪えているようで、しんどそうであった。
人が辛そうなのを見ると、一緒に泣くか、かえってヘラヘラしてしまうのが私の悪いところなんだろうが
向こうもなんて声をかけていいか悩むやな。夫ともども義母も優しい人で困る。
周りを見渡せばうちの職場は、なんというか共感力の高い大人が多いようなので
母がお葬式の時に、職場の方には知らせが入ったのだろうけど「そっとしておいてくれる」
泣いているだけが悲しいという表現じゃない、ということをわかってくれる人たちだからか、いつも通りに過ごしていてもいつも通りに接してくれて助かる。
無論根掘り葉掘りは聞かれないし、言わずもがな踏ん張っているんだよねみたいなスタンスである。さりげなく気遣ってくださる。ありがたい
気を遣わせるのがかえって悪いが、この優しさにはどっぷり浸からせてもらおう
また元気になったら今度は私が誰かを支える側になれるように